院長紹介
院長・スタッフ紹介

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【院長】細田 俊樹

院長
名前 細田 俊樹
生まれ 昭和51年
職業 総合診療専門医(家庭医)
略歴 医療法人社団カレスアライアンス 日鋼記念病院
北海道家庭医療学センター
亀田総合病院 家庭医診療科
茂原機能クリニック
藤島クリニック
悠翔会在宅クリニック
さんむ医療センター総合診療科 
資格 日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療専門医
所属学会 日本プライマリ・ケア連合学会

当院について

皆さん こんにちは。この度は当院のホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。2019年9月上旬を目標に内科、小児科、皮膚科のクリニックを千葉県長生村でオープンするため準備を進めております院長の細田です。

当院では、

赤ちゃんからおじいちゃん、おばあちゃんまで安心笑顔で暮らせる地域社会

というビジョン(目指す方向性)を叶えるために

1.患者さんの健康、安心、笑顔、幸せの追求
2.スタッフの成長と物心両面にわたる豊かさの追求
3.クリニックの安定的な持続と発展を追求
4.医療を通した地域社会への貢献

というミッション(理念)を掲げ、今後皆さんの健康づくり、病気予防に役立てるよう、スタッフみんなで努力していきたいと思っています。より良い医療を通して明るい地域づくりに参加できればと思っていますし、当院の理念を共有できる仲間がたくさん集まる場所にできればと思っております。

今後、地域の皆様のご支援をいただき、信頼され愛されるクリニックとなるよう、スタッフ一同精進して参りますので今後もご指導のほどよろしくお願いいたします。

院長 細田俊樹をさらに詳しく知りたいあなたへ

【幼稚園時代】

幼稚園の頃から、元気いっぱいで、いたずらばかりしているような子供でした。父の実家は農家、母の実家は民宿を営んでいました。父の実家に行くと田んぼやみかん畑を夕方まで走り回っていましたし、母の実家では民宿の中でかくれんぼをしたり、お化け屋敷ごっこをしたりと、とにかくいつも動き回っていたのを覚えています。一方、この頃から、アレルギー性鼻炎を患い、頻繁に耳鼻科に通っていたいました。多い時は週に3日とか4日通っていたようで、仕事をしていた母には負担だったと思います。

【小学校時代】

とにかく好奇心が旺盛で、サッカーや野球、習字、絵画教室に通うなど、いろいろなことをやりました。1つのことをやり出すと夢中になり、睡眠時間まで削ってしまうような子供でした。現在クリニックをオープンするために、診療や経営に関するセミナーや勉強会に積極的に参加しようとする姿勢は、この頃から変わっていないように思います。

小学校4年生の時には、地元の野球チームに入りました。とても練習熱心なチームで、運動神経の良い仲間にも恵まれ、野球の楽しさにのめり込んだように思います。あの頃に、一生懸命何かを打ち込む楽しさを体験できて本当に良かったと思っています。

【中学校時代】

中学校ではそのまま野球部に入部し3年間練習に励みました。しかしながら中学1年生の冬、練習中に腰を痛めてしまい、1年間リハビリしながらの生活を経験しました。それまではとても順調でしたので、1つの挫折だったように思います。しかしながら、腰を痛めたおかげでいろんな病院にも行きましたし患者さんとしての辛さ、痛みを味わえたように思います。この頃の体験が、病気で苦しむ人の役に立ちたいという思いのベースになっています。

【高校時代】

高校は、千葉県立安房高等学校に入学しました。サッカー部に入部したのですが、数カ月後に中学校時代に発症した腰痛が再発したのをきっかけに数ヶ月で部活を退部することにしました。自宅からここまで片道1時間ありましたし、練習が終わってから遅い日は帰宅が夜9時ぐらいの日も珍しくありませんでした。練習も楽と言う事は全然なく当時の自分にとってはむしろ辛かったです。振り返りますと、なぜ真剣に打ち込めなかったかわかるように思います。自分がこれからどうしていきたいのか?何のために勉強をして、部活ををやるのか?いうことが自分の中で明確ではなかったからだと思うのです。

これは医者として仕事をするようになってからも感じますが

「自分が何をやりたいのか?」
「何のためにどうしてそれをやるのか?」

ということが明確になればなるほど自分の中にしっかりとした軸が出来るように思います。

当時「何をやりたくてどうしてそれをやりたいのか?」
ということが自分の中にはっきりしていなかったので真剣に打ち込むことができなかったように思うのです。

人生において、目的と目標を持つと言うことがどれだけに大切なのか?この時に本当に大事だなと思うようになりました。

このままではだめだと思っていたときに、当時の親友であるFくんとの出会いがありました。Fくんは当時学校内で、1番忙しい部活に入っていながら常に学年トップの成績で、周りからも慕われていました。彼と一緒に勉強することで、様々な気づきがありましたが最も驚いた事は、天才だと思っていた彼も、ものすごく努力していたことでした。お風呂に入るときも、濡れない英単語帳を読んだり、天井に化学式のポスターを貼って暗記したりと大変な努力をしていたのです。

能力があるだけでもダメで、一生懸命努力することが大切だということを身をもって知りました。おかげさまで、それからの1年間で成績も上がり、大学に入学することができました。今でも彼には本当に感謝しています。

【大学時代】

大学は北里大学医学部に入学しました。大学周辺は自然も多く、キャンパスも広かったのでのびのびと過ごせたように思います。大学では水泳部に所属し、部長も務めました。この時に、リーダーシップに必要なものは何なのか?人をまとめるにはどうしたら良いのか?そういったことを考える機会に恵まれました。今振り返れば決して良いリーダーではなかったと思いますが笑、あの頃の経験が今に生かされているように感じます。

大学時代の経験を通して、1つの目標に向かって支え合える仲間の存在は本当に素晴らしいなと思います。この経験をこれからのクリニックの運営に生かしていきたいと思います。

大学4年生の時に、各専門科目の病棟研修がありました。高校時代から、小さい赤ちゃんからおじいちゃんおばあちゃんまで、どんな病気にもとりあえず相談に乗れる医者になりたいと思っていましたので、1つの科目を一生勉強していくよりは、幅広く対応できる医者になれるような勉強がしたいと思うようになりました。

そこで大学4年生の冬に、当時北海道室蘭にある、北海道家庭医療センターにインターンシップに参加させていただく機会に恵まれました。当時の施設長の葛西龍樹先生(現在の福島県立医科大学教授)に色々とご指導いただき家庭医療についてさまざまなことを教えていただき感動したのを覚えています。

家庭医療は、海外ではメジャーな専門科目で、病気の種類や年齢を問わず最初に相談に乗るドクターであり、海外では立派な専門科目の1つとして存在することを知り自分がやりたい事はこれだと思いました。

人は生まれてから死ぬまで、様々な病気に経験します。そして病気はその人1人だけではなく家族や周りの方々から大きな影響を受けます。例えばお腹が痛いお子さんがいた場合に単純に冷たいものの食べ過ぎでお腹が痛くなったかもしれませんが、もしかしたらお母さんのストレスが強くて、それがお子さんにも影響を与えているかもしれません。このように病気だけでなく患者さんの背景までよく考えて患者さんをみようとする家庭医療の考え方にとても惹かれました。

【勤務医時代】

そこで大学卒業後は、当時「家庭医」を研修できる唯一の研修施設である北海道家庭医療学センターで4年間研修しました。そこでは内科以外に、小児科、外科、産婦人科、救命救急科、内科、皮膚科、精神科などを勉強する機会に恵まれました。初期研修終了後も、後期研修医として北海道更別村、沖縄県北中城村で、病棟と外来を行ったり来たりしながら様々なセッティングで家庭医としてのトレーニングを受ける機会に恵まれました。

振り返ってみると、幼少時からここまで様々な出会いがあり、人とのご縁、出会いによって、生かされている今の自分があることに気づき感謝の気持ちでいっぱいです。また、どうして自分自身が、家庭医、総合診療医を目指すようになったのか改めて初心を思い出しました。

これまで多くの方に支えていただき勉強してきた中で得られた知識経験を地域の皆さんにしっかりと還元できるようスタッフの皆さんと力合わせて頑張っていきたいと思います。

当院のミッション(理念)は、

1.患者さんの健康、安心、笑顔、幸せの追求
2.スタッフの成長と物心両面にわたる豊かさの追求
3.クリニックの安定的な持続と発展を追求
4.医療を通した地域社会への貢献

です。

自己紹介が長くなりましたが、人生においていついかなるときも目的と目標を持つことが本当に大切だと感じています。

明確な目的と目標をもち、ともにクリニック作りをしていただける方には、成長できる場所を用意して一緒にがんばっていきたいと思っています。

ミッションを果たしていくためには、志を共にする仲間が必要です。共感していただける方はぜひ当院のオープニングスタッフとしてご応募いただければうれしいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。皆様とお会いできることを楽しみにしております。

千葉県長生郡長生村のあまが台ファミリークリニック(内科/小児科/皮膚科/糖尿病内科/健康診断/予防接種)
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