「健康のために、毎日1万歩以上歩いています」
診察室で、とてもよく聞く言葉です。
真面目で健康意識の高い方ほど、こうした努力を続けておられます。
ですが――
その習慣、実は逆効果になっている可能性があることをご存知でしょうか。
私は日々の診療の中で、
「健康のために歩きすぎて、膝を痛め、結果的に運動ができなくなってしまった」
そんな方を何人も見てきました。
この記事では、
- なぜ「1日1万歩」に医学的根拠がないのか
- 本当に病気を防ぐ「黄金の歩数」
- 老化を防ぐ歩き方のコツ
を、中学生にもわかる言葉で、医学的根拠を示しながら解説します。
目次
「1日1万歩」は本当に正しいのか?
結論から言います。
「1日1万歩」に医学的根拠はありません。
この数字は、1960年代に万歩計を販売するためのキャッチコピーとして広まったもの、とされています。
もちろん「歩くこと」自体は健康に良いのですが、量が多すぎると体には負担になります。

なぜ歩きすぎが問題なのか
主な理由は2つです。
1つ目は 活性酸素の増加。
運動をしすぎると体の中で「サビ」のような物質(活性酸素)が増え、老化を進めます※1。

2つ目は 関節への過剰な負担。膝や股関節は消耗品です。毎日酷使すれば、すり減って痛みが出ます。

「でも、アスリートはもっと運動していますよね?」
その通りです。
ただし、アスリートの目的は「記録や勝利」であり、体を削ることも覚悟のうえです。

一方、私たちの目的は
「健康で長く生活すること」。
そのゴールに向かうなら、
限界まで頑張る運動ではなく、長く続けられる運動が正解です。
20年以上の研究が示した「黄金の歩数」
群馬県中之条町で、約5,000人を20年以上追跡した研究があります。
いわゆる 中之条研究 です。
この研究で、はっきりした結論が出ました。

健康長寿の最適解は「1日8,000歩・速歩き20分」
データ上、
- 8,000歩までは病気予防効果が上昇
- それ以上歩いても効果はほぼ頭打ち
という結果でした※2。
さらに驚くべきことに、
- 心筋梗塞などの心疾患リスク:12分の1
- 脳梗塞などの脳卒中リスク:15分の1
- がんの発症リスク:約4分の1
まで低下していました※3。
これは、
「飲むだけで脳卒中を15分の1にする薬」
が存在しないことを考えると、非常に大きな効果です。

歩数ごとに防げる病気は違う
「8,000歩なんて無理…」
そう思う方も多いと思います。
安心してください。
実は 歩数ごとに防げる病気は段階的に違います。

4,000歩・速歩き5分
うつ症状の予防※4
5,000歩・速歩き7.5分
- 認知症
- 脳卒中
- 要介護状態の予防※5
7,000歩・速歩き15分
- がん
- 骨粗しょう症の予防※6
8,000歩・速歩き20分
- 高血圧
- 糖尿病
- メタボリックシンドロームの予防※7
大切なのは「完璧」を目指さないこと。
今の体調に合った段階からで十分です。
なぜ「速歩き」が重要なのか
「ゆっくり長く歩けばいいのでは?」
という疑問もよく出ます。
ここで重要なのが 運動の“質” です。
体を若返らせる「遺伝子スイッチ」
少し息が上がる程度の運動(中強度運動)を行うと、
体の中で 修復・長寿に関わる遺伝子のスイッチ が入ります※8。
逆に、楽な散歩だけではスイッチは入りません。

中強度の目安は「会話はできるが歌えない」
難しい数字は覚えなくて大丈夫です。
- 隣の人と会話はできる
- でも歌うのは苦しい
この状態が、最適な強度です。

意外と見落とされる落とし穴
もう一つ大切なポイントがあります。
「座りっぱなし」は健康リスク
研究では、
30分以上連続して座らないこと が推奨されています※9。
8,000歩歩いていても、
残りの時間ずっと座っていれば効果は半減します。
- トイレに立つ
- お茶を入れる
- 少し伸びをする
それだけで十分です。
当院からのメッセージ
「運動しなきゃ」と自分を追い込む必要はありません。
- 1日8,000歩
- そのうち20分は少し速く
- 30分に1回は立ち上がる
この3つで、体は確実に変わります。
生活習慣病が気になる方へ
高血圧や糖尿病など、
「運動は大事と分かっているけど、何から始めればいいか分からない」
そんな方は、医師と一緒に整理することが近道です。
参考文献
- ※1 Powers SK, et al. Exercise-induced oxidative stress. J Physiol.
- ※2 Yamada M, et al. Walking and health outcomes in older adults. J Epidemiol.
- ※3 Nakagaichi Study Group. Physical activity and cardiovascular risk.
- ※4 Teychenne M, et al. Physical activity and depression. Am J Prev Med.
- ※5 Blondell SJ, et al. Physical activity and dementia risk. BMC Public Health.
- ※6 Moore SC, et al. Leisure-time physical activity and cancer risk. JAMA Intern Med.
- ※7 American Diabetes Association. Physical activity guidelines.
- ※8 Booth FW, et al. Molecular mechanisms of exercise. Physiol Rev.
- ※9 WHO Guidelines on physical activity and sedentary behaviour.



